湖西のみちー08 近江今津~浜分沼(はまぶんぬま)

2007年08月25日

Posted by ミッチー at 07:51 Comments( 2 ) TrackBack( 0 ) 湖西
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 068 湖魚の店

 近江今津の旧道沿いにある湖魚の店 「魚清」。隣りは旅館 「丁子屋」。「魚清」の本店はこの店の道路の向かい側にある。竹生島行きの船のりばのすぐ北側。
1997.08.02



 069 旅館「丁子屋」

 「丁子屋」という暖簾が出ていなかったら、知らずに通りり過ぎてしまうような佇まいの旅館である。
 「琵琶湖周航の歌」は小口太郎がこの宿に泊まったときに作ったといわれる。そのため近江今津は「琵琶湖周航の歌」誕生の地とされ、毎年、「琵琶湖周航の歌」を唄う合唱コンクールが催されている。その日は一日中、いろんなグループの「琵琶湖周航の歌」で溢れる。
 老夫婦だけで切り盛りしておられるこの旅館は、料理が美味しいことでも評判らしく、関西財界の有名人もよく来るという。
 宿でもらった手描きの名刺には
   「土間抜けて 湖に入る 月の宿」
 と描いてあった。
2000.07.09



 070 月夜の琵琶湖

 「丁子屋」 2階の琵琶湖に面した部屋より。竹生島は黒いシルエットになって浮かび、遠くの灯りは長浜辺りだろうか。昼間は霞んでよく見えなかったのに、夜の灯りははっきりと見える。月の光が湖面に反射し、月が薄いヴェールのような雲の中を流れていくのを見ていると、まるでターナーの月夜の絵のようであった。
1993.07.03



070a 今津基督教会館

 竹生島へ渡る観光船の時間まで2時間近くもあったので、直ぐ近くだというので、丁子屋で今津教会への道順を教えてもらって見に行く。琵琶湖には直接関係が無いけれども、丁子屋の近くなので取り上げました。
 今津基督教会はW.M.ヴォ-リズの設計で1922(大正11)年に建てられた木造2階建ての建物。玄関上部には「いま津基督教会館」となっているが、「いま」の文字は「今」を鏡に映して左右を逆にしたような形になっている。これは隷書体にある正式な漢字であり、日本に帰化したヴォ-リズの日本文化に対する造詣の深さを思わせる。
1993.07.04



 071 石田川

 久しぶりに出会う比較的大きな川である。ゆったりと流れていく先には青い広い琵琶湖が。
2003.11.26



 072 近江今津の町外れ

 ここまで来るといつも、ここで今津の町も終わり、いよいよ湖北に近づいたと感じさせられる。遠景はもう琵琶湖北端部の山々である。
1996.06.01



 073 浜分沼(はまぶんぬま)(1)

 浜分沼は国道161号の反対側にあるので、湖岸沿いの松並木の道を歩いていると気がつかないで通り過ぎてしまいそうである。ここには大きな池の中に島があり、色々な鳥が安心して寄って来るようにと、たくさんの鵞鳥が放し飼いにされている。
2000.07.09



 074 浜分沼(2)

 これらの鵞鳥は群れをなして集団で泳いで渡ってきて、公園内の遊歩道を我が物顔でぞろぞろと闊歩しており、人が近づいても逃げるどころか、どこまでも一緒についてくる。
2004.11.26



 075 浜分沼(3)

 南北に長い浜分沼の北側半分はヨシの繁る湿地帯になっている。この湿地帯を縫って木道がつけられており、ところどころでヨシの切れた水面には色とりどりの睡蓮の花がとても美しい。
1996.06.01